伦敦塔

  あらすじ 「余」は、行くあてもなく倫敦をさまよったのち、倫敦塔を見物した。これが留学中ただ1度の倫敦塔見物である。 塔内では大僧正クランマー、ワイアット、ローリーら囚人船で運ばれてきた古人たちを思い、また血塔では、叔父によって王位を追われ殺されたエドワード4世の二人の小児の幻影を見る。そして白塔を出てボーシャン塔へ向かうと、奇妙な母子がいた。「余」はその女にジェーン・グレーを見る。「余」は現実か幻想かわからなくなり、倫敦塔を出る。 朗読 背景 漱石は1900年(明治33年)10月から1902年(明治35年)12月までの2年間、文部省留学生としてロンドンに留学した。この折のロンドン塔見物を題材にしたものである。作者自身が末尾にこの作品が想像であることを記している。 漱石によればロンドン塔は英国の歴史を煎じ詰めたものであるとしている。この作品では、ロンドン塔において処刑・収容されたクランマー、ワイアット、ローリーや、エドワード4世の息子エドワード5世とリチャード、そして「9日間の女王」ジェーン・グレーなど、これらの人物を幻想的に描いている。その点で同時期に発表された作品で、ユーモアと風刺にあふれた『吾輩は猫である』とは趣きが異なる。 全文 二年の留学中ただ一度倫敦塔ロンドンとうを見物した事がある。その後ご再び行こうと思った日もあるがやめにした。人から誘われた事もあるが断ことわった。一度で得た記憶を二返目へんめに打壊ぶちこわすのは惜しい、三みたび目に拭ぬぐい去るのはもっとも残念だ。「塔」の見物は一度に限ると思う。 行ったのは着後間まもないうちの事である。その頃は方角もよく分らんし、地理などは固もとより知らん。まるで御殿場ごてんばの兎うさぎが急に日本橋の真中まんなかへ抛ほうり出されたような心持ちであった。表へ出れば人の波にさらわれるかと思い、家うちに帰れば汽車が自分の部屋に衝突しはせぬかと疑い、朝夕あさゆう安き心はなかった。この響き、この群集の中に二年住んでいたら吾わが神経の繊維せんいもついには鍋なべの中の麩海苔ふのりのごとくべとべとになるだろうとマクス・ノルダウの退化論を今さらのごとく大真理と思う折さえあった。 しかも余よは他の日本人のごとく紹介状を持って世話になりに行く宛あてもなく、また在留の旧知とては無論ない身の上であるから、恐々こわごわながら一枚の地図を案内として毎日見物のためもしくは用達ようたしのため出あるかねばならなかった。無論むろん汽車へは乗らない、馬車へも乗れない、滅多めったな交通機関を利用しようとすると、どこへ連れて行かれるか分らない。この広い倫敦ロンドンを蜘蛛手くもで十字に往来する汽車も馬車も電気鉄道も鋼条鉄道も余には何らの便宜をも与える事が出来なかった。余はやむを得ないから四ツ角へ出るたびに地図を披ひらいて通行人に押し返されながら足の向く方角を定める。地図で知れぬ時は人に聞く、人に聞いて知れぬ時は巡査を探す、巡査でゆかぬ時はまたほかの人に尋ねる、何人でも合点がてんの行く人に出逢うまでは捕えては聞き呼び掛けては聞く。かくしてようやくわが指定の地に至るのである。 「塔」を見物したのはあたかもこの方法に依らねば外出の出来ぬ時代の事と思う。来きたるに来所らいしょなく去るに去所きょしょを知らずと云いうと禅語ぜんごめくが、余はどの路を通って「塔」に着したかまたいかなる町を横ぎって吾家わがやに帰ったかいまだに判然しない。どう考えても思い出せぬ。ただ「塔」を見物しただけはたしかである。「塔」その物の光景は今でもありありと眼に浮べる事が出来る。前はと問われると困る、後あとはと尋ねられても返答し得ぬ。ただ前を忘れ後を失しっしたる中間が会釈えしゃくもなく明るい。あたかも闇を裂さく稲妻の眉に落つると見えて消えたる心地ここちがする。倫敦塔ロンドンとうは宿世すくせの夢の焼点しょうてんのようだ。 倫敦塔の歴史は英国の歴史を煎せんじ詰めたものである。過去と云う怪あやしき物を蔽おおえる戸帳とばりが自おのずと裂けて龕がん中の幽光ゆうこうを二十世紀の上に反射するものは倫敦塔である。すべてを葬る時の流れが逆さかしまに戻って古代の一片が現代に漂ただよい来れりとも見るべきは倫敦塔である。人の血、人の肉、人の罪が結晶して馬、車、汽車の中に取り残されたるは倫敦塔である。 この倫敦塔を塔橋とうきょうの上からテームス河を隔てて眼の前に望んだとき、余は今の人かはた古いにしえの人かと思うまで我を忘れて余念もなく眺ながめ入った。冬の初めとはいいながら物静かな日である。空は灰汁桶あくおけを掻かき交まぜたような色をして低く塔の上に垂れ懸っている。壁土を溶とかし込んだように見ゆるテームスの流れは波も立てず音もせず無理矢理むりやりに動いているかと思わるる。帆懸舟ほかけぶねが一隻せき塔の下を行く。風なき河に帆をあやつるのだから不規則な三角形の白き翼がいつまでも同じ所に停とまっているようである。伝馬てんまの大きいのが二艘そう上のぼって来る。ただ一人の船頭せんどうが艫ともに立って艪ろを漕こぐ、これもほとんど動かない。塔橋の欄干らんかんのあたりには白き影がちらちらする、大方おおかた鴎かもめであろう。見渡したところすべての物が静かである。物憂ものうげに見える、眠っている、皆過去の感じである。そうしてその中に冷然と二十世紀を軽蔑けいべつするように立っているのが倫敦塔である。汽車も走れ、電車も走れ、いやしくも歴史の有らん限りは我のみはかくてあるべしと云わぬばかりに立っている。その偉大なるには今さらのように驚かれた。この建築を俗に塔と称となえているが塔と云うは単に名前のみで実は幾多いくたの櫓やぐらから成り立つ大きな地城じしろである。並び聳そびゆる櫓には丸きもの角張かくばりたるものいろいろの形状はあるが、いずれも陰気な灰色をして前世紀の紀念きねんを永劫えいごうに伝えんと誓えるごとく見える。九段くだんの遊就館ゆうしゅうかんを石で造って二三十並べてそうしてそれを虫眼鏡むしめがねで覗のぞいたらあるいはこの「塔」に似たものは出来上りはしまいかと考えた。余はまだ眺ながめている。セピヤ色の水分をもって飽和ほうわしたる空気の中にぼんやり立って眺めている。二十世紀の倫敦がわが心の裏うちから次第に消え去ると同時に眼前の塔影が幻まぼろしのごとき過去の歴史を吾が脳裏のうりに描えがき出して来る。朝起きて啜すする渋茶に立つ煙りの寝足ねたらぬ夢の尾を曳ひくように感ぜらるる。しばらくすると向う岸から長い手を出して余を引張ひっぱるかと怪あやしまれて来た。今まで佇立ちょりつして身動きもしなかった余は急に川を渡って塔に行きたくなった。長い手はなおなお強く余を引く。余はたちまち歩を移して塔橋を渡り懸けた。長い手はぐいぐい牽ひく。塔橋を渡ってからは一目散いちもくさんに塔門まで馳はせ着けた。見る間まに三万坪に余る過去の一大磁石いちだいじしゃくは現世げんせに浮游ふゆうするこの小鉄屑しょうてつくずを吸収しおわった。門を入はいって振り返ったとき、 憂うれいの国に行かんとするものはこの門を潜くぐれ。 永劫の呵責かしゃくに遭あわんとするものはこの門をくぐれ。 迷惑の人と伍ごせんとするものはこの門をくぐれ。 正義は高き主しゅを動かし、神威しんいは、最上智さいじょうちは、最初愛さいしょあいは、われを作る。 我が前に物ものなしただ無窮あり我は無窮に忍ぶものなり。 この門を過ぎんとするものはいっさいの望のぞみを捨てよ。 という句がどこぞで刻きざんではないかと思った。余はこの時すでに常態じょうたいを失うしなっている。 空濠からほりにかけてある石橋を渡って行くと向うに一つの塔がある。これは丸形まるがたの石造せきぞうで石油タンクの状をなしてあたかも巨人の門柱のごとく左右に屹立きつりつしている。その中間を連つらねている建物の下を潜くぐって向むこうへ抜ける。中塔とはこの事である。少し行くと左手に鐘塔しゅとうが峙そばだつ。真鉄まがねの盾たて、黒鉄くろがねの甲かぶとが野を蔽おおう秋の陽炎かげろうのごとく見えて敵遠くより寄すると知れば塔上の鐘を鳴らす。星黒き夜、壁上へきじょうを歩む哨兵しょうへいの隙すきを見て、逃のがれ出ずる囚人の、逆さかしまに落す松明たいまつの影より闇に消ゆるときも塔上の鐘を鳴らす。心傲おごれる市民の、君の政まつりごと非なりとて蟻ありのごとく塔下に押し寄せて犇ひしめき騒ぐときもまた塔上の鐘を鳴らす。塔上の鐘は事あれば必ず鳴らす。ある時は無二に鳴らし、ある時は無三に鳴らす。祖そ来きたる時は祖を殺しても鳴らし、仏ぶつ来きたる時は仏を殺しても鳴らした。霜しもの朝あした、雪の夕ゆうべ、雨の日、風の夜を何べんとなく鳴らした鐘は今いずこへ行ったものやら、余が頭こうべをあげて蔦つたに古ふりたる櫓やぐらを見上げたときは寂然せきぜんとしてすでに百年の響を収めている。 また少し行くと右手に逆賊門ぎゃくぞくもんがある。門の上には聖セントタマス塔が聳そびえている。逆賊門とは名前からがすでに恐ろしい。古来から塔中に生きながら葬られたる幾千の罪人は皆舟からこの門まで護送されたのである。彼らが舟を捨ててひとたびこの門を通過するやいなや娑婆しゃばの太陽は再び彼らを照らさなかった。テームスは彼らにとっての三途さんずの川でこの門は冥府よみに通ずる入口であった。彼らは涙の浪なみに揺られてこの洞窟どうくつのごとく薄暗きアーチの下まで漕こぎつけられる。口を開あけて鰯いわしを吸う鯨くじらの待ち構えている所まで来るやいなやキーと軋きしる音と共に厚樫あつがしの扉は彼らと浮世の光りとを長とこしえに隔へだてる。彼らはかくしてついに宿命の鬼の餌食えじきとなる。明日あす食われるか明後日あさって食われるかあるいはまた十年の後のちに食われるか鬼よりほかに知るものはない。この門に横付よこづけにつく舟の中に坐している罪人の途中の心はどんなであったろう。櫂かいがしわる時、雫しずくが舟縁ふなべりに滴したたる時、漕こぐ人の手の動く時ごとに吾が命を刻まるるように思ったであろう。白き髯ひげを胸まで垂れて寛ゆるやかに黒の法衣ほうえを纏まとえる人がよろめきながら舟から上る。これは大僧正クランマーである。青き頭巾ずきんを眉深まぶかに被かぶり空色の絹の下に鎖くさり帷子かたびらをつけた立派な男はワイアットであろう。これは会釈えしゃくもなく舷ふなべりから飛び上あがる。はなやかな鳥の毛を帽に挿さして黄金こがね作りの太刀たちの柄えに左の手を懸かけ、銀の留め金にて飾れる靴の爪先を、軽かろげに石段の上に移すのはローリーか。余は暗きアーチの下を覗のぞいて、向う側には石段を洗う波の光の見えはせぬかと首を延ばした。水はない。逆賊門とテームス河とは堤防工事の竣功しゅんこう以来全く縁がなくなった。幾多いくたの罪人を呑み、幾多の護送船を吐き出した逆賊門は昔むかしの名残なごりにその裾すそを洗う笹波ささなみの音を聞く便たよりを失った。ただ向う側に存する血塔けっとうの壁上に大おおいなる鉄環てっかんが下さがっているのみだ。昔しは舟の纜ともづなをこの環かんに繋つないだという。 左ひだりへ折れて血塔の門に入る。今は昔し薔薇しょうびの乱らんに目に余る多くの人を幽閉したのはこの塔である。草のごとく人を薙なぎ、鶏にわとりのごとく人を潰つぶし、乾鮭からさけのごとく屍しかばねを積んだのはこの塔である。血塔と名をつけたのも無理はない。アーチの下に交番のような箱があって、その側かたわらに甲形かぶとがたの帽子をつけた兵隊が銃を突いて立っている。すこぶる真面目まじめな顔をしているが、早く当番を済まして、例の酒舗しゅほで一杯傾けて、一件いっけんにからかって遊びたいという人相である。塔の壁は不規則な石を畳み上げて厚く造ってあるから表面は決して滑なめらかではない。所々に蔦つたがからんでいる。高い所に窓が見える。建物の大きいせいか下から見るとはなはだ小さい。鉄の格子こうしがはまっているようだ。番兵が石像のごとく突立ちながら腹の中で情婦とふざけている傍かたわらに、余は眉まゆを攅あつめ手をかざしてこの高窓を見上げて佇たたずむ。格子を洩もれて古代の色硝子いろガラスに微かすかなる日影がさし込んできらきらと反射する。やがて煙のごとき幕が開あいて空想の舞台がありありと見える。窓の内側うちがわは厚き戸帳とばりが垂れて昼もほの暗い。窓に対する壁は漆喰しっくいも塗らぬ丸裸まるはだかの石で隣りの室とは世界滅却せかいめっきゃくの日に至るまで動かぬ仕切しきりが設けられている。ただその真中まんなかの六畳ばかりの場所は冴さえぬ色のタペストリで蔽おおわれている。地じは納戸色なんどいろ、模様は薄き黄きで、裸体の女神めがみの像と、像の周囲に一面に染め抜いた唐草からくさである。石壁いしかべの横には、大きな寝台ねだいが横よこたわる。厚樫あつがしの心しんも透とおれと深く刻みつけたる葡萄ぶどうと、葡萄の蔓つると葡萄の葉が手足の触ふるる場所だけ光りを射返す。この寝台ねだいの端はじに二人ふたりの小児しょうにが見えて来た。一人は十三四、一人は十歳とおくらいと思われる。幼なき方は床とこに腰をかけて、寝台の柱に半なかば身を倚もたせ、力なき両足をぶらりと下げている。右の肱ひじを、傾けたる顔と共に前に出して年嵩としかさなる人の肩に懸ける。年上なるは幼なき人の膝の上に金きんにて飾れる大きな書物を開ひろげて、そのあけてある頁ページの上に右の手を置く。象牙ぞうげを揉もんで柔やわらかにしたるごとく美しい手である。二人とも烏からすの翼を欺あざむくほどの黒き上衣うわぎを着ているが色が極めて白いので一段と目立つ。髪の色、眼の色、さては眉根鼻付まゆねはなつきから衣装いしょうの末に至るまで両人ふたり共ほとんど同じように見えるのは兄弟だからであろう。 兄が優しく清らかな声で膝の上なる書物を読む。 「我が眼の前に、わが死ぬべき折の様を想おもい見る人こそ幸さちあれ。日毎夜毎に死なんと願え。やがては神の前に行くなる吾の何を恐るる……」 弟は世に憐れなる声にて「アーメン」と云う。折から遠くより吹く木枯こがらしの高き塔を撼ゆるがして一度ひとたびは壁も落つるばかりにゴーと鳴る。弟はひたと身を寄せて兄の肩に顔をすりつける。雪のごとく白い蒲団ふとんの一部がほかと膨ふくれ返かえる。兄はまた読み初める。 「朝ならば夜の前に死ぬと思え。夜ならば翌日あすありと頼むな。覚悟をこそ尊とうとべ。見苦しき死に様ざまぞ恥の極みなる……」 弟また「アーメン」と云う。その声は顫ふるえている。兄は静かに書をふせて、かの小さき窓の方かたへ歩みよりて外との面もを見ようとする。窓が高くて背せが足りぬ。床几しょうぎを持って来てその上につまだつ。百里をつつむ黒霧こくむの奥にぼんやりと冬の日が写る。屠ほふれる犬の生血いきちにて染め抜いたようである。兄は「今日きょうもまたこうして暮れるのか」と弟を顧かえりみる。弟はただ「寒い」と答える。「命さえ助けてくるるなら伯父様に王の位を進ぜるものを」と兄が独ひとり言ごとのようにつぶやく。弟は「母様ははさまに逢あいたい」とのみ云う。この時向うに掛っているタペストリに織り出してある女神めがみの裸体像が風もないのに二三度ふわりふわりと動く。 忽然こつぜん舞台が廻る。見ると塔門の前に一人の女が黒い喪服を着て悄然しょうぜんとして立っている。面影おもかげは青白く窶やつれてはいるが、どことなく品格のよい気高けだかい婦人である。やがて錠じょうのきしる音がしてぎいと扉が開あくと内から一人の男が出て来て恭うやうやしく婦人の前に礼をする。 「逢う事を許されてか」と女が問う。 「否いな」と気の毒そうに男が答える。「逢わせまつらんと思えど、公けの掟おきてなればぜひなしと諦あきらめたまえ。私わたくしの情なさけ売るは安き間まの事にてあれど」と急に口を緘つぐみてあたりを見渡す。濠ほりの内からかいつぶりがひょいと浮き上る。 女は頸うなじに懸けたる金きんの鎖くさりを解いて男に与えて「ただ束つかの間まを垣間かいま見んとの願なり。女人にょにんの頼み引き受けぬ君はつれなし」と云う。 男は鎖りを指の先に巻きつけて思案の体ていである。かいつぶりはふいと沈む。ややありていう「牢守ろうもりは牢の掟おきてを破りがたし。御子みこらは変る事なく、すこやかに月日を過させたもう。心安く覚おぼして帰りたまえ」と金の鎖りを押戻す。女は身動きもせぬ。鎖ばかりは敷石の上に落ちて鏘然そうぜんと鳴る。 「いかにしても逢う事は叶かなわずや」と女が尋たずねる。 「御気の毒なれど」と牢守ろうもりが云い放つ。 「黒き塔の影、堅き塔の壁、寒き塔の人」と云いながら女はさめざめと泣く。 舞台がまた変る。 丈たけの高い黒装束くろしょうぞくの影が一つ中庭の隅にあらわれる。苔こけ寒き石壁の中うちからスーと抜け出たように思われた。夜と霧との境に立って朦朧もうろうとあたりを見廻す。しばらくすると同じ黒装束の影がまた一つ陰の底から湧わいて出る。櫓やぐらの角に高くかかる星影を仰いで「日は暮れた」と背せの高いのが云う。「昼の世界に顔は出せぬ」と一人が答える。「人殺しも多くしたが今日ほど寝覚ねざめの悪い事はまたとあるまい」と高き影が低い方を向く。「タペストリの裏うらで二人の話しを立ち聞きした時は、いっその事止やめて帰ろうかと思うた」と低いのが正直に云う。「絞しめる時、花のような唇くちびるがぴりぴりと顫ふるうた」「透すき通るような額ひたいに紫色の筋が出た」「あの唸うなった声がまだ耳に付いている」。黒い影が再び黒い夜の中に吸い込まれる時櫓の上で時計の音ががあんと鳴る。 空想は時計の音と共に破れる。石像のごとく立っていた番兵は銃を肩にしてコトリコトリと敷石の上を歩いている。あるきながら一件いっけんと手を組んで散歩する時を夢みている。 血塔の下を抜けて向むこうへ出ると奇麗な広場がある。その真中まんなかが少し高い。その高い所に白塔がある。白塔は塔中のもっとも古きもので昔むかしの天主である。竪たて二十間、横十八間、高さ十五間、壁の厚さ一丈五尺、四方に角楼すみやぐらが聳そびえて所々にはノーマン時代の銃眼じゅうがんさえ見える。千三百九十九年国民が三十三カ条の非を挙げてリチャード二世に譲位じょういをせまったのはこの塔中である。僧侶、貴族、武士、法士の前に立って彼が天下に向って譲位を宣告したのはこの塔中である。その時譲りを受けたるヘンリーは起たって十字を額と胸に画して云う「父と子と聖霊の名によって、我れヘンリーはこの大英国の王冠と御代とを、わが正しき血、恵みある神、親愛なる友の援たすけを藉かりて襲つぎ受く」と。さて先王の運命は何人なんびとも知る者がなかった。その死骸がポント・フラクト城より移されて聖セントポール寺に着した時、二万の群集は彼の屍しかばねを繞めぐってその骨立こつりつせる面影おもかげに驚かされた。あるいは云う、八人の刺客せっかくがリチャードを取り巻いた時彼は一人の手より斧おのを奪いて一人を斬きり二人を倒した。されどもエクストンが背後より下くだせる一撃のためについに恨うらみを呑のんで死なれたと。ある者は天を仰あおいで云う「あらずあらず。リチャードは断食だんじきをして自みずからと、命の根をたたれたのじゃ」と。いずれにしてもありがたくない。帝王の歴史は悲惨の歴史である。 階下の一室は昔しオルター・ロリーが幽囚ゆうしゅうの際万国史ばんこくしの草そうを記した所だと云い伝えられている。彼がエリザ式の半ズボンに絹の靴下を膝頭ひざがしらで結んだ右足を左ひだりの上へ乗せて鵞がペンの先さきを紙の上へ突いたまま首を少し傾けて考えているところを想像して見た。しかしその部屋は見る事が出来なかった。 南側から入って螺旋状らせんじょうの階段を上のぼるとここに有名な武器陳列場がある。時々手を入れるものと見えて皆ぴかぴか光っている。日本におったとき歴史や小説で御目にかかるだけでいっこう要領を得なかったものが一々明瞭になるのははなはだ嬉しい。しかし嬉しいのは一時の事で今ではまるで忘れてしまったからやはり同じ事だ。ただなお記憶に残っているのが甲冑かっちゅうである。その中うちでも実に立派だと思ったのはたしかヘンリー六世の着用したものと覚えている。全体が鋼鉄製で所々に象嵌ぞうがんがある。もっとも驚くのはその偉大な事である。かかる甲冑を着けたものは少なくとも身の丈たけ七尺くらいの大男でなくてはならぬ。余が感服してこの甲冑を眺ながめているとコトリコトリと足音がして余の傍そばへ歩いて来るものがある。振り向いて見るとビーフ・イーターである。ビーフ・イーターと云うと始終牛ぎゅうでも食っている人のように思われるがそんなものではない。彼は倫敦塔の番人である。絹帽シルクハットを潰つぶしたような帽子を被かぶって美術学校の生徒のような服を纏まとうている。太い袖そでの先を括くくって腰のところを帯でしめている。服にも模様がある。模様は蝦夷人えぞじんの着る半纏はんてんについているようなすこぶる単純の直線を並べて角形かくがたに組み合わしたものに過ぎぬ。彼は時として槍やりをさえ携たずさえる事がある。穂の短かい柄えの先さきに毛の下がった三国志さんごくしにでも出そうな槍をもつ。そのビーフ・イーターの一人が余の後うしろに止まった。彼はあまり背せの高くない、肥ふとり肉じしの白髯しろひげの多いビーフ・イーターであった。「あなたは日本人ではありませんか」と微笑しながら尋ねる。余は現今の英国人と話をしている気がしない。彼が三四百年の昔からちょっと顔を出したかまたは余が急に三四百年の古いにしえを覗のぞいたような感じがする。余は黙もくして軽かろくうなずく。こちらへ来たまえと云うから尾ついて行く。彼は指をもって日本製の古き具足ぐそくを指して、見たかと云わぬばかりの眼つきをする。余はまただまってうなずく。これは蒙古もうこよりチャーレス二世に献上けんじょうになったものだとビーフ・イーターが説明をしてくれる。余は三たびうなずく。 白塔を出てボーシャン塔に行く。途中に分捕ぶんどりの大砲が並べてある。その前の所が少しばかり鉄柵てつさくに囲かこい込んで、鎖の一部に札が下さがっている。見ると仕置場しおきばの跡とある。二年も三年も長いのは十年も日の通かよわぬ地下の暗室に押し込められたものが、ある日突然地上に引き出さるるかと思うと地下よりもなお恐しきこの場所へただ据すえらるるためであった。久しぶりに青天を見て、やれ嬉しやと思うまもなく、目がくらんで物の色さえ定かには眸中ぼうちゅうに写らぬ先に、白き斧おのの刃はがひらりと三尺の空くうを切る。流れる血は生きているうちからすでに冷めたかったであろう。烏が一疋いっぴき下りている。翼つばさをすくめて黒い嘴くちばしをとがらせて人を見る。百年碧血へきけつの恨うらみが凝こって化鳥けちょうの姿となって長くこの不吉な地を守るような心地がする。吹く風に楡にれの木がざわざわと動く。見ると枝の上にも烏がいる。しばらくするとまた一羽飛んでくる。どこから来たか分らぬ。傍そばに七つばかりの男の子を連れた若い女が立って烏を眺ながめている。希臘風ギリシャふうの鼻と、珠たまを溶といたようにうるわしい目と、真白な頸筋くびすじを形づくる曲線のうねりとが少からず余の心を動かした。小供は女を見上げて「鴉からすが、鴉が」と珍らしそうに云う。それから「鴉が寒さむそうだから、麺麭パンをやりたい」とねだる。女は静かに「あの鴉は何にもたべたがっていやしません」と云う。小供は「なぜ」と聞く。女は長い睫まつげの奥に漾ただようているような眼で鴉を見詰めながら「あの鴉は五羽います」といったぎり小供の問には答えない。何か独ひとりで考えているかと思わるるくらい澄すましている。余はこの女とこの鴉の間に何か不思議の因縁いんねんでもありはせぬかと疑った。彼は鴉の気分をわが事のごとくに云い、三羽しか見えぬ鴉を五羽いると断言する。あやしき女を見捨てて余は独りボーシャン塔に入いる。 倫敦塔の歴史はボーシャン塔の歴史であって、ボーシャン塔の歴史は悲酸ひさんの歴史である。十四世紀の後半にエドワード三世の建立こんりゅうにかかるこの三層塔の一階室に入いるものはその入るの瞬間において、百代の遺恨いこんを結晶したる無数の紀念きねんを周囲の壁上に認むるであろう。すべての怨うらみ、すべての憤いきどおり、すべての憂うれいと悲かなしみとはこの怨えん、この憤、この憂と悲の極端より生ずる慰藉いしゃと共に九十一種の題辞となって今になお観みる者の心を寒からしめている。冷やかなる鉄筆に無情の壁を彫ってわが不運と定業じょうごうとを天地の間に刻きざみつけたる人は、過去という底なし穴に葬られて、空しき文字もんじのみいつまでも娑婆しゃばの光りを見る。彼らは強いて自みずからを愚弄ぐろうするにあらずやと怪しまれる。世に反語はんごというがある。白というて黒を意味し、小しょうと唱となえて大を思わしむ。すべての反語のうち自みずから知らずして後世に残す反語ほど猛烈なるはまたとあるまい。墓碣ぼけつと云い、紀念碑といい、賞牌しょうはいと云い、綬賞じゅしょうと云いこれらが存在する限りは、空むなしき物質に、ありし世を偲しのばしむるの具となるに過ぎない。われは去る、われを伝うるものは残ると思うは、去るわれを傷いたましむる媒介物ばいかいぶつの残る意にて、われその者の残る意にあらざるを忘れたる人の言葉と思う。未来の世まで反語を伝えて泡沫ほうまつの身を嘲あざける人のなす事と思う。余は死ぬ時に辞世も作るまい。死んだ後あとは墓碑ぼひも建ててもらうまい。肉は焼き骨は粉こにして西風の強く吹く日大空に向って撒まき散らしてもらおうなどといらざる取越苦労をする。 題辞の書体は固もとより一様でない。あるものは閑ひまに任せて叮嚀ていねいな楷書かいしょを用い、あるものは心急ぎてか口惜くやし紛まぎれかがりがりと壁を掻かいて擲なぐり書がきに彫りつけてある。またあるものは自家の紋章を刻きざみ込んでその中に古雅こがな文字をとどめ、あるいは盾たての形を描えがいてその内部に読み難き句を残している。書体の異ことなるように言語もまた決して一様でない。英語はもちろんの事、以太利語イタリーごも羅甸語ラテンごもある。左り側に「我が望は基督キリストにあり」と刻されたのはパスリユという坊様ぼうさまの句だ。このパスリユは千五百三十七年に首を斬きられた。その傍かたわらに JOHAN DECKER と云う署名がある。デッカーとは何者だか分らない。階段を上のぼって行くと戸の入口に T. C. というのがある。これも頭文字かしらもじだけで誰やら見当けんとうがつかぬ。それから少し離れて大変綿密なのがある。まず右の端はじに十字架を描いて心臓を飾りつけ、その脇に骸骨がいこつと紋章を彫り込んである。少し行くと盾たての中に下しものような句をかき入れたのが目につく。「運命は空しく我をして心なき風に訴えしむ。時も摧くだけよ。わが星は悲かれ、われにつれなかれ」。次には「すべての人を尊とうとべ。衆生しゅじょうをいつくしめ。神を恐れよ。王を敬うやまえ」とある。 こんなものを書く人の心の中うちはどのようであったろうと想像して見る。およそ世の中に何が苦しいと云って所在のないほどの苦しみはない。意識の内容に変化のないほどの苦しみはない。使える身体からだは目に見えぬ縄で縛しばられて動きのとれぬほどの苦しみはない。生きるというは活動しているという事であるに、生きながらこの活動を抑えらるるのは生という意味を奪われたると同じ事で、その奪われたを自覚するだけが死よりも一層の苦痛である。この壁の周囲をかくまでに塗抹とまつした人々は皆この死よりも辛つらい苦痛を甞なめたのである。忍ばるる限り堪たえらるる限りはこの苦痛と戦った末、いても起たってもたまらなくなった時、始めて釘くぎの折おれや鋭どき爪を利用して無事の内に仕事を求め、太平の裏うちに不平を洩もらし、平地の上に波瀾を画いたものであろう。彼らが題せる一字一画は、号泣ごうきゅう、涕涙ているい、その他すべて自然の許す限りの排悶的はいもんてき手段を尽したる後のちなお飽あく事を知らざる本能の要求に余儀なくせられたる結果であろう。 また想像して見る。生れて来た以上は、生きねばならぬ。あえて死を怖るるとは云わず、ただ生きねばならぬ。生きねばならぬと云うは耶蘇孔子ヤソこうし以前の道で、また耶蘇孔子以後の道である。何の理窟りくつも入らぬ、ただ生きたいから生きねばならぬのである。すべての人は生きねばならぬ。この獄に繋つながれたる人もまたこの大道に従って生きねばならなかった。同時に彼らは死ぬべき運命を眼前に控ひかえておった。いかにせば生き延びらるるだろうかとは時々刻々彼らの胸裏きょうりに起る疑問であった。ひとたびこの室へやに入いるものは必ず死ぬ。生きて天日を再び見たものは千人に一人ひとりしかない。彼らは遅かれ早かれ死なねばならぬ。されど古今に亘わたる大真理は彼らに誨おしえて生きよと云う、飽あくまでも生きよと云う。彼らはやむをえず彼らの爪を磨といだ。尖とがれる爪の先をもって堅き壁の上に一と書いた。一をかける後のちも真理は古いにしえのごとく生きよと囁ささやく、飽くまでも生きよと囁く。彼らは剥はがれたる爪の癒いゆるを待って再び二とかいた。斧おのの刃はに肉飛び骨摧くだける明日あすを予期した彼らは冷やかなる壁の上にただ一となり二となり線となり字となって生きんと願った。壁の上に残る横縦よこたての疵きずは生せいを欲する執着しゅうじゃくの魂魄こんぱくである。余が想像の糸をここまでたぐって来た時、室内の冷気が一度に背せの毛穴から身の内に吹き込むような感じがして覚えずぞっとした。そう思って見ると何だか壁が湿しめっぽい。指先で撫なでて見るとぬらりと露にすべる。指先を見ると真赤まっかだ。壁の隅からぽたりぽたりと露の珠たまが垂れる。床ゆかの上を見るとその滴したたりの痕あとが鮮やかな紅くれないの紋を不規則に連つらねる。十六世紀の血がにじみ出したと思う。壁の奥の方から唸うなり声さえ聞える。唸り声がだんだんと近くなるとそれが夜を洩もるる凄すごい歌と変化する。ここは地面の下に通ずる穴倉でその内には人が二人ふたりいる。鬼の国から吹き上げる風が石の壁の破われ目めを通って小ささやかなカンテラを煽あおるからたださえ暗い室へやの天井も四隅よすみも煤色すすいろの油煙ゆえんで渦巻うずまいて動いているように見える。幽かすかに聞えた歌の音は窖中こうちゅうにいる一人の声に相違ない。歌の主ぬしは腕を高くまくって、大きな斧おのを轆轤ろくろの砥石といしにかけて一生懸命に磨といでいる。その傍そばには一挺ちょうの斧が抛なげ出してあるが、風の具合でその白い刃はがぴかりぴかりと光る事がある。他の一人は腕組をしたまま立って砥との転まわるのを見ている。髯ひげの中から顔が出ていてその半面をカンテラが照らす。照らされた部分が泥だらけの人参にんじんのような色に見える。「こう毎日のように舟から送って来ては、首斬くびきり役も繁昌はんじょうだのう」と髯がいう。「そうさ、斧を磨とぐだけでも骨が折れるわ」と歌の主ぬしが答える。これは背の低い眼の凹くぼんだ煤色すすいろの男である。「昨日きのうは美しいのをやったなあ」と髯が惜しそうにいう。「いや顔は美しいが頸くびの骨は馬鹿に堅い女だった。御蔭でこの通り刃が一分ばかりかけた」とやけに轆轤を転ころばす、シュシュシュと鳴る間あいだから火花がピチピチと出る。磨ぎ手は声を張り揚あげて歌い出す。 […]

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