あらすじ
「余」は、行くあてもなく倫敦をさまよったのち、倫敦塔を見物した。これが留学中ただ1度の倫敦塔見物である。
塔内では大僧正クランマー、ワイアット、ローリーら囚人船で運ばれてきた古人たちを思い、また血塔では、叔父によって王位を追われ殺されたエドワード4世の二人の小児の幻影を見る。そして白塔を出てボーシャン塔へ向かうと、奇妙な母子がいた。「余」はその女にジェーン・グレーを見る。「余」は現実か幻想かわからなくなり、倫敦塔を出る。
朗読
背景
漱石は1900年(明治33年)10月から1902年(明治35年)12月までの2年間、文部省留学生としてロンドンに留学した。この折のロンドン塔見物を題材にしたものである。作者自身が末尾にこの作品が想像であることを記している。
漱石によればロンドン塔は英国の歴史を煎じ詰めたものであるとしている。この作品では、ロンドン塔において処刑・収容されたクランマー、ワイアット、ローリーや、エドワード4世の息子エドワード5世とリチャード、そして「9日間の女王」ジェーン・グレーなど、これらの人物を幻想的に描いている。その点で同時期に発表された作品で、ユーモアと風刺にあふれた『吾輩は猫である』とは趣きが異なる。
全文
二年の留学中ただ一度倫敦塔を見物した事がある。その後再び行こうと思った日もあるがやめにした。人から誘われた事もあるが断った。一度で得た記憶を二返目に打壊わすのは惜しい、三たび目に拭い去るのはもっとも残念だ。「塔」の見物は一度に限ると思う。
行ったのは着後間もないうちの事である。その頃は方角もよく分らんし、地理などは固より知らん。まるで御殿場の兎が急に日本橋の真中へ抛り出されたような心持ちであった。表へ出れば人の波にさらわれるかと思い、家に帰れば汽車が自分の部屋に衝突しはせぬかと疑い、朝夕安き心はなかった。この響き、この群集の中に二年住んでいたら吾が神経の繊維もついには鍋の中の麩海苔のごとくべとべとになるだろうとマクス・ノルダウの退化論を今さらのごとく大真理と思う折さえあった。
しかも余は他の日本人のごとく紹介状を持って世話になりに行く宛もなく、また在留の旧知とては無論ない身の上であるから、恐々ながら一枚の地図を案内として毎日見物のためもしくは用達のため出あるかねばならなかった。無論汽車へは乗らない、馬車へも乗れない、滅多な交通機関を利用しようとすると、どこへ連れて行かれるか分らない。この広い倫敦を蜘蛛手十字に往来する汽車も馬車も電気鉄道も鋼条鉄道も余には何らの便宜をも与える事が出来なかった。余はやむを得ないから四ツ角へ出るたびに地図を披いて通行人に押し返されながら足の向く方角を定める。地図で知れぬ時は人に聞く、人に聞いて知れぬ時は巡査を探す、巡査でゆかぬ時はまたほかの人に尋ねる、何人でも合点の行く人に出逢うまでは捕えては聞き呼び掛けては聞く。かくしてようやくわが指定の地に至るのである。
「塔」を見物したのはあたかもこの方法に依らねば外出の出来ぬ時代の事と思う。来るに来所なく去るに去所を知らずと云うと禅語めくが、余はどの路を通って「塔」に着したかまたいかなる町を横ぎって吾家に帰ったかいまだに判然しない。どう考えても思い出せぬ。ただ「塔」を見物しただけはたしかである。「塔」その物の光景は今でもありありと眼に浮べる事が出来る。前はと問われると困る、後はと尋ねられても返答し得ぬ。ただ前を忘れ後を失したる中間が会釈もなく明るい。あたかも闇を裂く稲妻の眉に落つると見えて消えたる心地がする。倫敦塔は宿世の夢の焼点のようだ。
倫敦塔の歴史は英国の歴史を煎じ詰めたものである。過去と云う怪しき物を蔽える戸帳が自ずと裂けて龕中の幽光を二十世紀の上に反射するものは倫敦塔である。すべてを葬る時の流れが逆しまに戻って古代の一片が現代に漂い来れりとも見るべきは倫敦塔である。人の血、人の肉、人の罪が結晶して馬、車、汽車の中に取り残されたるは倫敦塔である。
この倫敦塔を塔橋の上からテームス河を隔てて眼の前に望んだとき、余は今の人かはた古えの人かと思うまで我を忘れて余念もなく眺め入った。冬の初めとはいいながら物静かな日である。空は灰汁桶を掻き交ぜたような色をして低く塔の上に垂れ懸っている。壁土を溶し込んだように見ゆるテームスの流れは波も立てず音もせず無理矢理に動いているかと思わるる。帆懸舟が一隻塔の下を行く。風なき河に帆をあやつるのだから不規則な三角形の白き翼がいつまでも同じ所に停っているようである。伝馬の大きいのが二艘上って来る。ただ一人の船頭が艫に立って艪を漕ぐ、これもほとんど動かない。塔橋の欄干のあたりには白き影がちらちらする、大方鴎であろう。見渡したところすべての物が静かである。物憂げに見える、眠っている、皆過去の感じである。そうしてその中に冷然と二十世紀を軽蔑するように立っているのが倫敦塔である。汽車も走れ、電車も走れ、いやしくも歴史の有らん限りは我のみはかくてあるべしと云わぬばかりに立っている。その偉大なるには今さらのように驚かれた。この建築を俗に塔と称えているが塔と云うは単に名前のみで実は幾多の櫓から成り立つ大きな地城である。並び聳ゆる櫓には丸きもの角張りたるものいろいろの形状はあるが、いずれも陰気な灰色をして前世紀の紀念を永劫に伝えんと誓えるごとく見える。九段の遊就館を石で造って二三十並べてそうしてそれを虫眼鏡で覗いたらあるいはこの「塔」に似たものは出来上りはしまいかと考えた。余はまだ眺めている。セピヤ色の水分をもって飽和したる空気の中にぼんやり立って眺めている。二十世紀の倫敦がわが心の裏から次第に消え去ると同時に眼前の塔影が幻のごとき過去の歴史を吾が脳裏に描き出して来る。朝起きて啜る渋茶に立つ煙りの寝足らぬ夢の尾を曳くように感ぜらるる。しばらくすると向う岸から長い手を出して余を引張るかと怪しまれて来た。今まで佇立して身動きもしなかった余は急に川を渡って塔に行きたくなった。長い手はなおなお強く余を引く。余はたちまち歩を移して塔橋を渡り懸けた。長い手はぐいぐい牽く。塔橋を渡ってからは一目散に塔門まで馳せ着けた。見る間に三万坪に余る過去の一大磁石は現世に浮游するこの小鉄屑を吸収しおわった。門を入って振り返ったとき、
永劫の呵責に遭わんとするものはこの門をくぐれ。
迷惑の人と伍せんとするものはこの門をくぐれ。
正義は高き主を動かし、神威は、最上智は、最初愛は、われを作る。
我が前に物なしただ無窮あり我は無窮に忍ぶものなり。
この門を過ぎんとするものはいっさいの望を捨てよ。
という句がどこぞで刻んではないかと思った。余はこの時すでに常態を失っている。
空濠にかけてある石橋を渡って行くと向うに一つの塔がある。これは丸形の石造で石油タンクの状をなしてあたかも巨人の門柱のごとく左右に屹立している。その中間を連ねている建物の下を潜って向へ抜ける。中塔とはこの事である。少し行くと左手に鐘塔が峙つ。真鉄の盾、黒鉄の甲が野を蔽う秋の陽炎のごとく見えて敵遠くより寄すると知れば塔上の鐘を鳴らす。星黒き夜、壁上を歩む哨兵の隙を見て、逃れ出ずる囚人の、逆しまに落す松明の影より闇に消ゆるときも塔上の鐘を鳴らす。心傲れる市民の、君の政非なりとて蟻のごとく塔下に押し寄せて犇めき騒ぐときもまた塔上の鐘を鳴らす。塔上の鐘は事あれば必ず鳴らす。ある時は無二に鳴らし、ある時は無三に鳴らす。祖来る時は祖を殺しても鳴らし、仏来る時は仏を殺しても鳴らした。霜の朝、雪の夕、雨の日、風の夜を何べんとなく鳴らした鐘は今いずこへ行ったものやら、余が頭をあげて蔦に古りたる櫓を見上げたときは寂然としてすでに百年の響を収めている。
また少し行くと右手に逆賊門がある。門の上には聖タマス塔が聳えている。逆賊門とは名前からがすでに恐ろしい。古来から塔中に生きながら葬られたる幾千の罪人は皆舟からこの門まで護送されたのである。彼らが舟を捨ててひとたびこの門を通過するやいなや娑婆の太陽は再び彼らを照らさなかった。テームスは彼らにとっての三途の川でこの門は冥府に通ずる入口であった。彼らは涙の浪に揺られてこの洞窟のごとく薄暗きアーチの下まで漕ぎつけられる。口を開けて鰯を吸う鯨の待ち構えている所まで来るやいなやキーと軋る音と共に厚樫の扉は彼らと浮世の光りとを長えに隔てる。彼らはかくしてついに宿命の鬼の餌食となる。明日食われるか明後日食われるかあるいはまた十年の後に食われるか鬼よりほかに知るものはない。この門に横付につく舟の中に坐している罪人の途中の心はどんなであったろう。櫂がしわる時、雫が舟縁に滴たる時、漕ぐ人の手の動く時ごとに吾が命を刻まるるように思ったであろう。白き髯を胸まで垂れて寛やかに黒の法衣を纏える人がよろめきながら舟から上る。これは大僧正クランマーである。青き頭巾を眉深に被り空色の絹の下に鎖り帷子をつけた立派な男はワイアットであろう。これは会釈もなく舷から飛び上る。はなやかな鳥の毛を帽に挿して黄金作りの太刀の柄に左の手を懸け、銀の留め金にて飾れる靴の爪先を、軽げに石段の上に移すのはローリーか。余は暗きアーチの下を覗いて、向う側には石段を洗う波の光の見えはせぬかと首を延ばした。水はない。逆賊門とテームス河とは堤防工事の竣功以来全く縁がなくなった。幾多の罪人を呑み、幾多の護送船を吐き出した逆賊門は昔しの名残りにその裾を洗う笹波の音を聞く便りを失った。ただ向う側に存する血塔の壁上に大なる鉄環が下がっているのみだ。昔しは舟の纜をこの環に繋いだという。
左りへ折れて血塔の門に入る。今は昔し薔薇の乱に目に余る多くの人を幽閉したのはこの塔である。草のごとく人を薙ぎ、鶏のごとく人を潰し、乾鮭のごとく屍を積んだのはこの塔である。血塔と名をつけたのも無理はない。アーチの下に交番のような箱があって、その側らに甲形の帽子をつけた兵隊が銃を突いて立っている。すこぶる真面目な顔をしているが、早く当番を済まして、例の酒舗で一杯傾けて、一件にからかって遊びたいという人相である。塔の壁は不規則な石を畳み上げて厚く造ってあるから表面は決して滑ではない。所々に蔦がからんでいる。高い所に窓が見える。建物の大きいせいか下から見るとはなはだ小さい。鉄の格子がはまっているようだ。番兵が石像のごとく突立ちながら腹の中で情婦とふざけている傍らに、余は眉を攅め手をかざしてこの高窓を見上げて佇ずむ。格子を洩れて古代の色硝子に微かなる日影がさし込んできらきらと反射する。やがて煙のごとき幕が開いて空想の舞台がありありと見える。窓の内側は厚き戸帳が垂れて昼もほの暗い。窓に対する壁は漆喰も塗らぬ丸裸の石で隣りの室とは世界滅却の日に至るまで動かぬ仕切りが設けられている。ただその真中の六畳ばかりの場所は冴えぬ色のタペストリで蔽われている。地は納戸色、模様は薄き黄で、裸体の女神の像と、像の周囲に一面に染め抜いた唐草である。石壁の横には、大きな寝台が横わる。厚樫の心も透れと深く刻みつけたる葡萄と、葡萄の蔓と葡萄の葉が手足の触るる場所だけ光りを射返す。この寝台の端に二人の小児が見えて来た。一人は十三四、一人は十歳くらいと思われる。幼なき方は床に腰をかけて、寝台の柱に半ば身を倚たせ、力なき両足をぶらりと下げている。右の肱を、傾けたる顔と共に前に出して年嵩なる人の肩に懸ける。年上なるは幼なき人の膝の上に金にて飾れる大きな書物を開げて、そのあけてある頁の上に右の手を置く。象牙を揉んで柔かにしたるごとく美しい手である。二人とも烏の翼を欺くほどの黒き上衣を着ているが色が極めて白いので一段と目立つ。髪の色、眼の色、さては眉根鼻付から衣装の末に至るまで両人共ほとんど同じように見えるのは兄弟だからであろう。
兄が優しく清らかな声で膝の上なる書物を読む。
「我が眼の前に、わが死ぬべき折の様を想い見る人こそ幸あれ。日毎夜毎に死なんと願え。やがては神の前に行くなる吾の何を恐るる……」
弟は世に憐れなる声にて「アーメン」と云う。折から遠くより吹く木枯しの高き塔を撼がして一度びは壁も落つるばかりにゴーと鳴る。弟はひたと身を寄せて兄の肩に顔をすりつける。雪のごとく白い蒲団の一部がほかと膨れ返る。兄はまた読み初める。
「朝ならば夜の前に死ぬと思え。夜ならば翌日ありと頼むな。覚悟をこそ尊べ。見苦しき死に様ぞ恥の極みなる……」
弟また「アーメン」と云う。その声は顫えている。兄は静かに書をふせて、かの小さき窓の方へ歩みよりて外の面を見ようとする。窓が高くて背が足りぬ。床几を持って来てその上につまだつ。百里をつつむ黒霧の奥にぼんやりと冬の日が写る。屠れる犬の生血にて染め抜いたようである。兄は「今日もまたこうして暮れるのか」と弟を顧みる。弟はただ「寒い」と答える。「命さえ助けてくるるなら伯父様に王の位を進ぜるものを」と兄が独り言のようにつぶやく。弟は「母様に逢いたい」とのみ云う。この時向うに掛っているタペストリに織り出してある女神の裸体像が風もないのに二三度ふわりふわりと動く。
忽然舞台が廻る。見ると塔門の前に一人の女が黒い喪服を着て悄然として立っている。面影は青白く窶れてはいるが、どことなく品格のよい気高い婦人である。やがて錠のきしる音がしてぎいと扉が開くと内から一人の男が出て来て恭しく婦人の前に礼をする。
「逢う事を許されてか」と女が問う。
「否」と気の毒そうに男が答える。「逢わせまつらんと思えど、公けの掟なればぜひなしと諦めたまえ。私の情売るは安き間の事にてあれど」と急に口を緘みてあたりを見渡す。濠の内からかいつぶりがひょいと浮き上る。
女は頸に懸けたる金の鎖を解いて男に与えて「ただ束の間を垣間見んとの願なり。女人の頼み引き受けぬ君はつれなし」と云う。
男は鎖りを指の先に巻きつけて思案の体である。かいつぶりはふいと沈む。ややありていう「牢守りは牢の掟を破りがたし。御子らは変る事なく、すこやかに月日を過させたもう。心安く覚して帰りたまえ」と金の鎖りを押戻す。女は身動きもせぬ。鎖ばかりは敷石の上に落ちて鏘然と鳴る。
「いかにしても逢う事は叶わずや」と女が尋ねる。
「御気の毒なれど」と牢守が云い放つ。
「黒き塔の影、堅き塔の壁、寒き塔の人」と云いながら女はさめざめと泣く。
舞台がまた変る。
丈の高い黒装束の影が一つ中庭の隅にあらわれる。苔寒き石壁の中からスーと抜け出たように思われた。夜と霧との境に立って朦朧とあたりを見廻す。しばらくすると同じ黒装束の影がまた一つ陰の底から湧いて出る。櫓の角に高くかかる星影を仰いで「日は暮れた」と背の高いのが云う。「昼の世界に顔は出せぬ」と一人が答える。「人殺しも多くしたが今日ほど寝覚の悪い事はまたとあるまい」と高き影が低い方を向く。「タペストリの裏で二人の話しを立ち聞きした時は、いっその事止めて帰ろうかと思うた」と低いのが正直に云う。「絞める時、花のような唇がぴりぴりと顫うた」「透き通るような額に紫色の筋が出た」「あの唸った声がまだ耳に付いている」。黒い影が再び黒い夜の中に吸い込まれる時櫓の上で時計の音ががあんと鳴る。
空想は時計の音と共に破れる。石像のごとく立っていた番兵は銃を肩にしてコトリコトリと敷石の上を歩いている。あるきながら一件と手を組んで散歩する時を夢みている。
血塔の下を抜けて向へ出ると奇麗な広場がある。その真中が少し高い。その高い所に白塔がある。白塔は塔中のもっとも古きもので昔しの天主である。竪二十間、横十八間、高さ十五間、壁の厚さ一丈五尺、四方に角楼が聳えて所々にはノーマン時代の銃眼さえ見える。千三百九十九年国民が三十三カ条の非を挙げてリチャード二世に譲位をせまったのはこの塔中である。僧侶、貴族、武士、法士の前に立って彼が天下に向って譲位を宣告したのはこの塔中である。その時譲りを受けたるヘンリーは起って十字を額と胸に画して云う「父と子と聖霊の名によって、我れヘンリーはこの大英国の王冠と御代とを、わが正しき血、恵みある神、親愛なる友の援を藉りて襲ぎ受く」と。さて先王の運命は何人も知る者がなかった。その死骸がポント・フラクト城より移されて聖ポール寺に着した時、二万の群集は彼の屍を繞ってその骨立せる面影に驚かされた。あるいは云う、八人の刺客がリチャードを取り巻いた時彼は一人の手より斧を奪いて一人を斬り二人を倒した。されどもエクストンが背後より下せる一撃のためについに恨を呑んで死なれたと。ある者は天を仰いで云う「あらずあらず。リチャードは断食をして自らと、命の根をたたれたのじゃ」と。いずれにしてもありがたくない。帝王の歴史は悲惨の歴史である。
階下の一室は昔しオルター・ロリーが幽囚の際万国史の草を記した所だと云い伝えられている。彼がエリザ式の半ズボンに絹の靴下を膝頭で結んだ右足を左りの上へ乗せて鵞ペンの先を紙の上へ突いたまま首を少し傾けて考えているところを想像して見た。しかしその部屋は見る事が出来なかった。
南側から入って螺旋状の階段を上るとここに有名な武器陳列場がある。時々手を入れるものと見えて皆ぴかぴか光っている。日本におったとき歴史や小説で御目にかかるだけでいっこう要領を得なかったものが一々明瞭になるのははなはだ嬉しい。しかし嬉しいのは一時の事で今ではまるで忘れてしまったからやはり同じ事だ。ただなお記憶に残っているのが甲冑である。その中でも実に立派だと思ったのはたしかヘンリー六世の着用したものと覚えている。全体が鋼鉄製で所々に象嵌がある。もっとも驚くのはその偉大な事である。かかる甲冑を着けたものは少なくとも身の丈七尺くらいの大男でなくてはならぬ。余が感服してこの甲冑を眺めているとコトリコトリと足音がして余の傍へ歩いて来るものがある。振り向いて見るとビーフ・イーターである。ビーフ・イーターと云うと始終牛でも食っている人のように思われるがそんなものではない。彼は倫敦塔の番人である。絹帽を潰したような帽子を被って美術学校の生徒のような服を纏うている。太い袖の先を括って腰のところを帯でしめている。服にも模様がある。模様は蝦夷人の着る半纏についているようなすこぶる単純の直線を並べて角形に組み合わしたものに過ぎぬ。彼は時として槍をさえ携える事がある。穂の短かい柄の先に毛の下がった三国志にでも出そうな槍をもつ。そのビーフ・イーターの一人が余の後ろに止まった。彼はあまり背の高くない、肥り肉の白髯の多いビーフ・イーターであった。「あなたは日本人ではありませんか」と微笑しながら尋ねる。余は現今の英国人と話をしている気がしない。彼が三四百年の昔からちょっと顔を出したかまたは余が急に三四百年の古えを覗いたような感じがする。余は黙して軽くうなずく。こちらへ来たまえと云うから尾いて行く。彼は指をもって日本製の古き具足を指して、見たかと云わぬばかりの眼つきをする。余はまただまってうなずく。これは蒙古よりチャーレス二世に献上になったものだとビーフ・イーターが説明をしてくれる。余は三たびうなずく。
白塔を出てボーシャン塔に行く。途中に分捕の大砲が並べてある。その前の所が少しばかり鉄柵に囲い込んで、鎖の一部に札が下がっている。見ると仕置場の跡とある。二年も三年も長いのは十年も日の通わぬ地下の暗室に押し込められたものが、ある日突然地上に引き出さるるかと思うと地下よりもなお恐しきこの場所へただ据えらるるためであった。久しぶりに青天を見て、やれ嬉しやと思うまもなく、目がくらんで物の色さえ定かには眸中に写らぬ先に、白き斧の刃がひらりと三尺の空を切る。流れる血は生きているうちからすでに冷めたかったであろう。烏が一疋下りている。翼をすくめて黒い嘴をとがらせて人を見る。百年碧血の恨が凝って化鳥の姿となって長くこの不吉な地を守るような心地がする。吹く風に楡の木がざわざわと動く。見ると枝の上にも烏がいる。しばらくするとまた一羽飛んでくる。どこから来たか分らぬ。傍に七つばかりの男の子を連れた若い女が立って烏を眺めている。希臘風の鼻と、珠を溶いたようにうるわしい目と、真白な頸筋を形づくる曲線のうねりとが少からず余の心を動かした。小供は女を見上げて「鴉が、鴉が」と珍らしそうに云う。それから「鴉が寒むそうだから、麺麭をやりたい」とねだる。女は静かに「あの鴉は何にもたべたがっていやしません」と云う。小供は「なぜ」と聞く。女は長い睫の奥に漾うているような眼で鴉を見詰めながら「あの鴉は五羽います」といったぎり小供の問には答えない。何か独りで考えているかと思わるるくらい澄している。余はこの女とこの鴉の間に何か不思議の因縁でもありはせぬかと疑った。彼は鴉の気分をわが事のごとくに云い、三羽しか見えぬ鴉を五羽いると断言する。あやしき女を見捨てて余は独りボーシャン塔に入る。
倫敦塔の歴史はボーシャン塔の歴史であって、ボーシャン塔の歴史は悲酸の歴史である。十四世紀の後半にエドワード三世の建立にかかるこの三層塔の一階室に入るものはその入るの瞬間において、百代の遺恨を結晶したる無数の紀念を周囲の壁上に認むるであろう。すべての怨、すべての憤、すべての憂と悲みとはこの怨、この憤、この憂と悲の極端より生ずる慰藉と共に九十一種の題辞となって今になお観る者の心を寒からしめている。冷やかなる鉄筆に無情の壁を彫ってわが不運と定業とを天地の間に刻みつけたる人は、過去という底なし穴に葬られて、空しき文字のみいつまでも娑婆の光りを見る。彼らは強いて自らを愚弄するにあらずやと怪しまれる。世に反語というがある。白というて黒を意味し、小と唱えて大を思わしむ。すべての反語のうち自ら知らずして後世に残す反語ほど猛烈なるはまたとあるまい。墓碣と云い、紀念碑といい、賞牌と云い、綬賞と云いこれらが存在する限りは、空しき物質に、ありし世を偲ばしむるの具となるに過ぎない。われは去る、われを伝うるものは残ると思うは、去るわれを傷ましむる媒介物の残る意にて、われその者の残る意にあらざるを忘れたる人の言葉と思う。未来の世まで反語を伝えて泡沫の身を嘲る人のなす事と思う。余は死ぬ時に辞世も作るまい。死んだ後は墓碑も建ててもらうまい。肉は焼き骨は粉にして西風の強く吹く日大空に向って撒き散らしてもらおうなどといらざる取越苦労をする。
題辞の書体は固より一様でない。あるものは閑に任せて叮嚀な楷書を用い、あるものは心急ぎてか口惜し紛れかがりがりと壁を掻いて擲り書きに彫りつけてある。またあるものは自家の紋章を刻み込んでその中に古雅な文字をとどめ、あるいは盾の形を描いてその内部に読み難き句を残している。書体の異なるように言語もまた決して一様でない。英語はもちろんの事、以太利語も羅甸語もある。左り側に「我が望は基督にあり」と刻されたのはパスリユという坊様の句だ。このパスリユは千五百三十七年に首を斬られた。その傍に JOHAN DECKER と云う署名がある。デッカーとは何者だか分らない。階段を上って行くと戸の入口に T. C. というのがある。これも頭文字だけで誰やら見当がつかぬ。それから少し離れて大変綿密なのがある。まず右の端に十字架を描いて心臓を飾りつけ、その脇に骸骨と紋章を彫り込んである。少し行くと盾の中に下のような句をかき入れたのが目につく。「運命は空しく我をして心なき風に訴えしむ。時も摧けよ。わが星は悲かれ、われにつれなかれ」。次には「すべての人を尊べ。衆生をいつくしめ。神を恐れよ。王を敬え」とある。
こんなものを書く人の心の中はどのようであったろうと想像して見る。およそ世の中に何が苦しいと云って所在のないほどの苦しみはない。意識の内容に変化のないほどの苦しみはない。使える身体は目に見えぬ縄で縛られて動きのとれぬほどの苦しみはない。生きるというは活動しているという事であるに、生きながらこの活動を抑えらるるのは生という意味を奪われたると同じ事で、その奪われたを自覚するだけが死よりも一層の苦痛である。この壁の周囲をかくまでに塗抹した人々は皆この死よりも辛い苦痛を甞めたのである。忍ばるる限り堪えらるる限りはこの苦痛と戦った末、いても起ってもたまらなくなった時、始めて釘の折や鋭どき爪を利用して無事の内に仕事を求め、太平の裏に不平を洩らし、平地の上に波瀾を画いたものであろう。彼らが題せる一字一画は、号泣、涕涙、その他すべて自然の許す限りの排悶的手段を尽したる後なお飽く事を知らざる本能の要求に余儀なくせられたる結果であろう。
また想像して見る。生れて来た以上は、生きねばならぬ。あえて死を怖るるとは云わず、ただ生きねばならぬ。生きねばならぬと云うは耶蘇孔子以前の道で、また耶蘇孔子以後の道である。何の理窟も入らぬ、ただ生きたいから生きねばならぬのである。すべての人は生きねばならぬ。この獄に繋がれたる人もまたこの大道に従って生きねばならなかった。同時に彼らは死ぬべき運命を眼前に控えておった。いかにせば生き延びらるるだろうかとは時々刻々彼らの胸裏に起る疑問であった。ひとたびこの室に入るものは必ず死ぬ。生きて天日を再び見たものは千人に一人しかない。彼らは遅かれ早かれ死なねばならぬ。されど古今に亘る大真理は彼らに誨えて生きよと云う、飽くまでも生きよと云う。彼らはやむをえず彼らの爪を磨いだ。尖がれる爪の先をもって堅き壁の上に一と書いた。一をかける後も真理は古えのごとく生きよと囁く、飽くまでも生きよと囁く。彼らは剥がれたる爪の癒ゆるを待って再び二とかいた。斧の刃に肉飛び骨摧ける明日を予期した彼らは冷やかなる壁の上にただ一となり二となり線となり字となって生きんと願った。壁の上に残る横縦の疵は生を欲する執着の魂魄である。余が想像の糸をここまでたぐって来た時、室内の冷気が一度に背の毛穴から身の内に吹き込むような感じがして覚えずぞっとした。そう思って見ると何だか壁が湿っぽい。指先で撫でて見るとぬらりと露にすべる。指先を見ると真赤だ。壁の隅からぽたりぽたりと露の珠が垂れる。床の上を見るとその滴りの痕が鮮やかな紅いの紋を不規則に連ねる。十六世紀の血がにじみ出したと思う。壁の奥の方から唸り声さえ聞える。唸り声がだんだんと近くなるとそれが夜を洩るる凄い歌と変化する。ここは地面の下に通ずる穴倉でその内には人が二人いる。鬼の国から吹き上げる風が石の壁の破れ目を通って小やかなカンテラを煽るからたださえ暗い室の天井も四隅も煤色の油煙で渦巻いて動いているように見える。幽かに聞えた歌の音は窖中にいる一人の声に相違ない。歌の主は腕を高くまくって、大きな斧を轆轤の砥石にかけて一生懸命に磨いでいる。その傍には一挺の斧が抛げ出してあるが、風の具合でその白い刃がぴかりぴかりと光る事がある。他の一人は腕組をしたまま立って砥の転るのを見ている。髯の中から顔が出ていてその半面をカンテラが照らす。照らされた部分が泥だらけの人参のような色に見える。「こう毎日のように舟から送って来ては、首斬り役も繁昌だのう」と髯がいう。「そうさ、斧を磨ぐだけでも骨が折れるわ」と歌の主が答える。これは背の低い眼の凹んだ煤色の男である。「昨日は美しいのをやったなあ」と髯が惜しそうにいう。「いや顔は美しいが頸の骨は馬鹿に堅い女だった。御蔭でこの通り刃が一分ばかりかけた」とやけに轆轤を転ばす、シュシュシュと鳴る間から火花がピチピチと出る。磨ぎ手は声を張り揚げて歌い出す。
切れぬはずだよ女の頸は恋の恨みで刃が折れる。
シュシュシュと鳴る音のほかには聴えるものもない。カンテラの光りが風に煽られて磨ぎ手の右の頬を射る。煤の上に朱を流したようだ。「あすは誰の番かな」とややありて髯が質問する。「あすは例の婆様の番さ」と平気に答える。
と高調子に歌う。シュシュシュと轆轤が回わる、ピチピチと火花が出る。「アハハハもう善かろう」と斧を振り翳して灯影に刃を見る。「婆様ぎりか、ほかに誰もいないか」と髯がまた問をかける。「それから例のがやられる」「気の毒な、もうやるか、可愛相にのう」といえば、「気の毒じゃが仕方がないわ」と真黒な天井を見て嘯く。
たちまち窖も首斬りもカンテラも一度に消えて余はボーシャン塔の真中に茫然と佇んでいる。ふと気がついて見ると傍に先刻鴉に麺麭をやりたいと云った男の子が立っている。例の怪しい女ももとのごとくついている。男の子が壁を見て「あそこに犬がかいてある」と驚いたように云う。女は例のごとく過去の権化と云うべきほどの屹とした口調で「犬ではありません。左りが熊、右が獅子でこれはダッドレー家の紋章です」と答える。実のところ余も犬か豚だと思っていたのであるから、今この女の説明を聞いてますます不思議な女だと思う。そう云えば今ダッドレーと云ったときその言葉の内に何となく力が籠って、あたかも己れの家名でも名乗ったごとくに感ぜらるる。余は息を凝らして両人を注視する。女はなお説明をつづける。「この紋章を刻んだ人はジョン・ダッドレーです」あたかもジョンは自分の兄弟のごとき語調である。「ジョンには四人の兄弟があって、その兄弟が、熊と獅子の周囲に刻みつけられてある草花でちゃんと分ります」見るとなるほど四通りの花だか葉だかが油絵の枠のように熊と獅子を取り巻いて彫ってある。「ここにあるのは Acorns でこれは Ambrose の事です。こちらにあるのが Rose で Robert を代表するのです。下の方に忍冬が描いてありましょう。忍冬は Honeysuckle だから Henry に当るのです。左りの上に塊っているのが Geranium でこれは G……」と云ったぎり黙っている。見ると珊瑚のような唇が電気でも懸けたかと思われるまでにぶるぶると顫えている。蝮が鼠に向ったときの舌の先のごとくだ。しばらくすると女はこの紋章の下に書きつけてある題辞を朗らかに誦した。
May deme with ease wherefore here made they be
Withe borders wherein ……………………………………
4 brothers’ names who list to serche the grovnd.
女はこの句を生れてから今日まで毎日日課として暗誦したように一種の口調をもって誦し了った。実を云うと壁にある字ははなはだ見悪い。余のごときものは首を捻っても一字も読めそうにない。余はますますこの女を怪しく思う。
気味が悪くなったから通り過ぎて先へ抜ける。銃眼のある角を出ると滅茶苦茶に書き綴られた、模様だか文字だか分らない中に、正しき画で、小く「ジェーン」と書いてある。余は覚えずその前に立留まった。英国の歴史を読んだものでジェーン・グレーの名を知らぬ者はあるまい。またその薄命と無残の最後に同情の涙を濺がぬ者はあるまい。ジェーンは義父と所天の野心のために十八年の春秋を罪なくして惜気もなく刑場に売った。蹂み躙られたる薔薇の蕊より消え難き香の遠く立ちて、今に至るまで史を繙く者をゆかしがらせる。希臘語を解しプレートーを読んで一代の碩学アスカムをして舌を捲かしめたる逸事は、この詩趣ある人物を想見するの好材料として何人の脳裏にも保存せらるるであろう。余はジェーンの名の前に立留ったぎり動かない。動かないと云うよりむしろ動けない。空想の幕はすでにあいている。
始は両方の眼が霞んで物が見えなくなる。やがて暗い中の一点にパッと火が点ぜられる。その火が次第次第に大きくなって内に人が動いているような心持ちがする。次にそれがだんだん明るくなってちょうど双眼鏡の度を合せるように判然と眼に映じて来る。次にその景色がだんだん大きくなって遠方から近づいて来る。気がついて見ると真中に若い女が坐っている、右の端には男が立っているようだ。両方共どこかで見たようだなと考えるうち、瞬たくまにズッと近づいて余から五六間先ではたと停る。男は前に穴倉の裏で歌をうたっていた、眼の凹んだ煤色をした、背の低い奴だ。磨ぎすました斧を左手に突いて腰に八寸ほどの短刀をぶら下げて身構えて立っている。余は覚えずギョッとする。女は白き手巾で目隠しをして両の手で首を載せる台を探すような風情に見える。首を載せる台は日本の薪割台ぐらいの大きさで前に鉄の環が着いている。台の前部に藁が散らしてあるのは流れる血を防ぐ要慎と見えた。背後の壁にもたれて二三人の女が泣き崩れている、侍女ででもあろうか。白い毛裏を折り返した法衣を裾長く引く坊さんが、うつ向いて女の手を台の方角へ導いてやる。女は雪のごとく白い服を着けて、肩にあまる金色の髪を時々雲のように揺らす。ふとその顔を見ると驚いた。眼こそ見えね、眉の形、細き面、なよやかなる頸の辺りに至まで、先刻見た女そのままである。思わず馳け寄ろうとしたが足が縮んで一歩も前へ出る事が出来ぬ。女はようやく首斬り台を探り当てて両の手をかける。唇がむずむずと動く。最前男の子にダッドレーの紋章を説明した時と寸分違わぬ。やがて首を少し傾けて「わが夫ギルドフォード・ダッドレーはすでに神の国に行ってか」と聞く。肩を揺り越した一握りの髪が軽くうねりを打つ。坊さんは「知り申さぬ」と答えて「まだ真との道に入りたもう心はなきか」と問う。女屹として「まこととは吾と吾夫の信ずる道をこそ言え。御身達の道は迷いの道、誤りの道よ」と返す。坊さんは何にも言わずにいる。女はやや落ちついた調子で「吾夫が先なら追いつこう、後ならば誘うて行こう。正しき神の国に、正しき道を踏んで行こう」と云い終って落つるがごとく首を台の上に投げかける。眼の凹んだ、煤色の、背の低い首斬り役が重た気に斧をエイと取り直す。余の洋袴の膝に二三点の血が迸しると思ったら、すべての光景が忽然と消え失せた。
あたりを見廻わすと男の子を連れた女はどこへ行ったか影さえ見えない。狐に化かされたような顔をして茫然と塔を出る。帰り道にまた鐘塔の下を通ったら高い窓からガイフォークスが稲妻のような顔をちょっと出した。「今一時間早かったら……。この三本のマッチが役に立たなかったのは実に残念である」と云う声さえ聞えた。自分ながら少々気が変だと思ってそこそこに塔を出る。塔橋を渡って後ろを顧みたら、北の国の例かこの日もいつのまにやら雨となっていた。糠粒を針の目からこぼすような細かいのが満都の紅塵と煤煙を溶かして濛々と天地を鎖す裏に地獄の影のようにぬっと見上げられたのは倫敦塔であった。
無我夢中に宿に着いて、主人に今日は塔を見物して来たと話したら、主人が鴉が五羽いたでしょうと云う。おやこの主人もあの女の親類かなと内心大に驚ろくと主人は笑いながら「あれは奉納の鴉です。昔しからあすこに飼っているので、一羽でも数が不足すると、すぐあとをこしらえます、それだからあの鴉はいつでも五羽に限っています」と手もなく説明するので、余の空想の一半は倫敦塔を見たその日のうちに打ち壊わされてしまった。余はまた主人に壁の題辞の事を話すと、主人は無造作に「ええあの落書ですか、つまらない事をしたもんで、せっかく奇麗な所を台なしにしてしまいましたねえ、なに罪人の落書だなんて当になったもんじゃありません、贋もだいぶありまさあね」と澄ましたものである。余は最後に美しい婦人に逢った事とその婦人が我々の知らない事やとうてい読めない字句をすらすら読んだ事などを不思議そうに話し出すと、主人は大に軽蔑した口調で「そりゃ当り前でさあ、皆んなあすこへ行く時にゃ案内記を読んで出掛けるんでさあ、そのくらいの事を知ってたって何も驚くにゃあたらないでしょう、何すこぶる別嬪だって?――倫敦にゃだいぶ別嬪がいますよ、少し気をつけないと険呑ですぜ」ととんだ所へ火の手が揚る。これで余の空想の後半がまた打ち壊わされた。主人は二十世紀の倫敦人である。
それからは人と倫敦塔の話しをしない事にきめた。また再び見物に行かない事にきめた。
As it touched the neck, off went the head!
Whir―whir―whir―whir!
Queen Anne laid her white throat upon the block,
Quietly waiting the fatal shock;
The axe it severed it right in twain,
And so quick―so true―that she felt no pain.
Whir―whir―whir―whir!
Salisbury’s countess, she would not die
As a proud dame should―decorously.
Lifting my axe, I split her skull,
And the edge since then has been notched and dull.
Whir―whir―whir―whir!
Queen Catherine Howard gave me a fee, ―
A chain of gold―to die easily:
And her costly present she did not rue,
For I touched her head, and away it flew!
Whir―whir―whir―whir!
二王子幽閉の場と、ジェーン所刑の場については有名なるドラロッシの絵画がすくなからず余の想像を助けている事を一言していささか感謝の意を表する。
舟より上る囚人のうちワイアットとあるは有名なる詩人の子にてジェーンのため兵を挙げたる人、父子同名なる故紛れ易いから記して置く。
塔中四辺の風致景物を今少し精細に写す方が読者に塔その物を紹介してその地を踏ましむる思いを自然に引き起させる上において必要な条件とは気がついているが、何分かかる文を草する目的で遊覧した訳ではないし、かつ年月が経過しているから判然たる景色がどうしても眼の前にあらわれにくい。したがってややともすると主観的の句が重複して、ある時は読者に不愉快な感じを与えはせぬかと思うところもあるが右の次第だから仕方がない。(三十七年十二月二十日)
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