粘菌ってどんな生物？

かしこい「自律分散方式じりつぶんさんほうしき」　さまざまな形かたちに変身へんしん

　南方熊楠みなかたくまぐす（１８６７～１９４１年ねん）が研究けんきゅうしたことで知しられている粘菌ねんきん。種類しゅるいはおよそ数百すうひゃくといわれ、毎年新種まいとししんしゅが報告ほうこくされています。粘菌ねんきんの変かわったライフサイクルと、想像そうぞうを超こえる「賢かしこさ」を見みてみましょう。

 

ただ一ひとつの細胞さいぼうでできている

　私わたしたち人間にんげんは、数十兆個すうじっちょうこもの細胞さいぼうが集あつまってできています。一方いっぽう、粘菌ねんきんはただ一ひとつの細胞さいぼうからできている「単細胞生物たんさいぼうせいぶつ」です。森もりの朽くちた木きや落おち葉ばの下した、ちょっとしたやぶや都会とかいの植うえ込こみにもいる身近みぢかな生物せいぶつですが、普通ふつうはとても小ちいさくて目めに見みえません。

　細胞さいぼうは全体ぜんたいが細胞膜さいぼうまくに覆おおわれ、原形質げんけいしつという液体えきたいがつまっています。その中なかに、核かくと呼よばれる球たまの形かたちをしたものがあり、遺伝情報いでんじょうほうが記録きろくされたＤＮＡが詰つまっています。

接合体せつごうたい・変形体へんけいたい・子実体しじつたい

　粘菌ねんきんの一生いっしょうは変かわっていて、粘菌ねんきんアメーバ▽接合体せつごうたい▽変形体へんけいたい▽子実体しじつたい－－とさまざまな形かたちに変身へんしんします。

　胞子ほうしから出でてきた粘菌ねんきんはアメーバ状じょうの「粘菌ねんきんアメーバ」です。接合型せつごうがたと呼よばれる動物どうぶつのオス、メスのようなものがあり、２種類以上しゅるいいじょうの型かたがあります。特定とくていの組くみ合あわせの型同士かたどうしがくっつき、一ひとつの「接合体せつごうたい」になります。

　栄養えいようが十分じゅうぶんにあると、細胞さいぼうは一ひとつのまま、中なかの核かくが約やく１０時間じかんごとに分裂ぶんれつし、２倍ばい、４倍ばい、８倍ばいと増ふえていきます。やがて大おおきくなると、見みた目めはマヨネーズを薄うすくのばしたり、赤あかや青あおや黄きの派手はでな色いろのシートを広ひろげたようになります。これを「変形体へんけいたい」と呼よびます。１時間じかんに１センチメートルくらいの速はやさでゆっくり動うごき、よく見みると網目あみめのように管くだが張はり巡めぐらされています。別べつの変形体へんけいたいとくっついて大おおきくなることもあります。朽くち木きの養分ようぶんや、細菌さいきんやキノコを食たべて育そだちます。人ひとが育そだてる時ときはオートミールがえさになります。

　乾燥かんそうなど環境かんきょうが悪わるくなると、植物しょくぶつのように動うごかなくなり、「子実体しじつたい」といわれるキノコのような姿すがたに形かたちを変かえて胞子ほうしを作つくり、子孫しそんを残のこします。気温きおんや湿度しつどなどの条件じょうけんが良よいと、胞子ほうしの殻からが割われて、粘菌ねんきんアメーバが出でてきます。どこが始はじまりでどこが終おわりか分わからない循環じゅんかんを繰くり返かえしています。

脳のうを持もたずに迷路めいろを解とく

　脳のうや神経しんけいのない粘菌ねんきんですが、中垣俊之なかがきとしゆき・北海道大教授ほっかいどうだいきょうじゅは、粘菌ねんきんに迷路めいろの最短経路さいたんけいろを解とく能力のうりょくがあることを見みつけました。迷路めいろのどの通路つうろにも粘菌ねんきんが伸のびているようにしておき、入いり口ぐちと出口でぐちに餌えさを置おくと、粘菌ねんきんは最短経路さいたんけいろで入いり口ぐちと出口でぐちを結むすんだのです。これは、変形体へんけいたいの部分部分ぶぶんぶぶんが勝手かってなことをしながら体全体からだぜんたいで効率こうりつよく餌えさにたどり着つこうとした結果けっか、“賢かしこさ”を身みにつけたと言いえます。「自律分散方式じりつぶんさんほうしき」と呼よばれ、ロボットの研究けんきゅうにも取とり入いれられています。

　地球上ちきゅうじょうに現あらわれた最初さいしょの生命体せいめいたいは単細胞生物たんさいぼうせいぶつであると考かんがえられています。中垣教授なかがききょうじゅは単細胞生物たんさいぼうせいぶつの“賢かしこさ”を研究けんきゅうすることで「生いき物ものらしさとは何なにか」を追究ついきゅうしています。

　■ミニ知識ちしき

２回かいのイグ・ノーベル賞受賞しょうじゅしょう

　中垣教授なかがききょうじゅはユニークな研究けんきゅうに贈おくられる「イグ・ノーベル賞しょう」を２回受賞かいじゅしょうしました。１回目かいめは２００８年ねん、粘菌ねんきんが迷路めいろなどを解とくと証明しょうめいしたことによる認知科学賞にんちかがくしょう。２回目かいめは２０１０年ねん、粘菌ねんきんの力ちからをかりて関東圏かんとうけんの鉄道網てつどうもうを設計せっけいした研究けんきゅうによる交通計画賞こうつうけいかくしょうです。中垣教授なかがききょうじゅは「身近みぢかにいる小ちいさな生いき物ものに目めを向むけてみよう。どんなに小ちいさな生いき物ものでも、またありふれた生いき物ものでも、関心かんしんを持もって根気強こんきづよく観察かんさつしていると初はじめは気きがつかなかった驚おどろきや不思議ふしぎさが頭あたまに浮うかんでくることがあります。その時とき、とてもうれしい気持きもちになります」と話はなします。

粘菌ねんきんの迷路解めいろとき

　粘菌ねんきんは餌えさを見みつけると、餌えさに集あつまる性質せいしつがあります。餌えさに乗のり上あがって包つつみ、表面ひょうめんから栄養えいようを取とり込こみます。実験じっけんでは、粘菌ねんきん１匹ぴきを迷路めいろに閉とじ込こめ、どの道みちにも粘菌ねんきんの体からだが伸のびているようにします。二ふたつの餌えさを別々べつべつの場所ばしょに置おくと、まず初はじめに、行ゆき止どまりの道みちに伸のびていた体からだを引ひき上あげ、その引ひき上あげ分ぶんで餌えさの方ほうへ伸のびます。その間あいだ、粘菌ねんきんは迷路めいろのすべての道みちに１本ぽんずつ太ふとい経路けいろを作つくります。この経路けいろは４通とおりありました。長ながい経路けいろは次第しだいにやせ細ほそり、消滅しょうめつします。最後さいごに、二ふたつの餌えさをつなぐ一ひとつの短みじかく太ふとい経路けいろが現あらわれ、最短経路さいたんけいろを探さがし当あてました。体からだが分裂ぶんれつしないよう、つながりながら、栄養えいようをたくさん取とり込こめるよう効果的こうかてきな動うごきをしていることが証明しょうめいされました。ただし、常つねに最短経路さいたんけいろが残のこるわけではありませんでした。

粘菌ねんきんの鉄道網設計てつどうもうせっけい

　関東圏かんとうけんの主要しゅような都市とし３０あまりを選えらび、同おなじ配置はいちで餌えさを置おいた場所ばしょに粘菌ねんきんを放はなちました。粘菌ねんきんは動うごき回まわって餌えさを見みつけると、そこに一部いちぶを残のこして、さらに餌えさを求もとめて広ひろがります。その繰くり返かえしで出来上できあがったネットワークは、ＪＲの鉄道路線網てつどうろせんもうと似にた形かたちになりました。

ニュースサイトで読む: http://mainichi.jp/articles/20170108/kei/00s/00s/008000c#csidx9faf37fbc9a8441bd3cbd6b059a73de
Copyright 毎日新聞